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<2001.2.22> |
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ゴンスケ会員は熱く、しかし静かに語ります Packet No.8 1993 Spring号より ********************** 名は体を表すと申します。 若かりし頃のゴンスケ会員のこだわりは今も健在です。 この物語には、いずれ続編が書かれることでしょう。 (編集責任:管理人) |
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ゴンスケが所属する会社の派遣社員懇親会の席上、正社員紹介が 行われている。最後に、ニャンコスイパ・ハマリンゲン・カドピと、 カナリウス・オタッキアム・トトロと、彼、ゴンスケ・ドゥラュンヌが残った。 偶然だが、近頃、よからぬ相談ばかりしていると悪評の高い3人である。 ジョー課長はこの3人を同課の『パソコントリオ』と一括した。「ああ何て 情けないまとめかたをされてしまったのだろう。」.....悲嘆のあまり、 ゴンスケは夢からさめた。ゴンスケは、パソコンという軽薄な響きを 嫌悪している。 |
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ゴンスケには、パソコンという言葉がまだ使われていない頃から マイコンに関わってきたという自負がある。たしかに当時のマイコンという 用語の指示対象の一部には、今で言うパソコンは含まれていた。 とはいっても、パソコンとマイコンと、どちらの響きが軽薄かという 判断は恣意的だということに、ゴンスケは気づかない。 |
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パソコンはマイコンが機能分化していく過程で受容された用語である。 パソとはpersonalであり、マイとはmicroである。ところが、マイカーとか マイハウスとかマイマイカブリとか、マイの付く語はすでに日本語に たくさん採り入れられていて、マイが英語のmyを示すことくらい、 丘の上の学生でもご存知のご時世である。当時ゴンスケにとってのマイは myに他ならなかった。 |
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personalという語は、パソコンが個人と機会の相互関係で位置づけられる 対象であることを示唆し、必然的に客観性を帯びている。一方、現在の パソコンに相当するマイコンの一部分集合は、マイとmyとの連想から、 機械が≪私≫に所属するという主観的な包含関係で捉えられた。実に PETという名のパーソナルコンピュータがあったほどである(このメーカーは 今、AMIGAという機種を作っている。ペットから友への転換は象徴的である)。
このように、この十数年間に起こった、マイコンからパソコンへ、という 用語への変化はまさに主観的包含関係から客観的相互関係への、この 道具と人間の関わり合いの受容態度に対する社会変化を反映したものである。 |
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ゴンスケは未だにこだわっている。「響きが嫌いだから」と、決してパソコン という音を発しない。だがゴンスケの内部では、敢えてマイを使うほどの 愛着は失われて久しい。
だから、ゴンスケはコンピュータという言葉を用いる。 |
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